お香を焚くということは・・・。

この“アロマのある暮らしが好き。”では、主に西洋から来たアロマ(芳香)について綴って来ましたが、今回は、和のお香についても、少し智慧のあることを、ある本で学びましたので、お伝えしておきたいと想います。

図書館から借りた本で、永六輔さんと瀬戸内寂聴さんの対談集【人生万歳】という著書があります。

この中で、寂聴さんが、昔、小説家・瀬戸内晴美で活躍していた文壇の世界から、出家して女僧になられた時に、相談に伺った今東光先生のお宅での一齣が、粋で唸ります。その場面に、お香がいかにも、いい案配で登場するのですが、これが劇であれば、要のシーンになるであろうと想わせるアイテムとしてお香が役目を果します。

以下、本文、寂聴さんと永さんの会話を抜粋※








瀬戸内  東京の仕事場にお訪ねして、「今日はちょっとお願いがありましてまいりました」と、言っただけで、パッと全部わかったの。

永  へーッ!それこそ阿吽の呼吸。
 
瀬戸内  そしてね、奥様に「今日は瀬戸内さんが大切なご相談があるらしいから、一番いいお香を焚いておあげ」とおしゃっるんですよ。そしたら、奥様がお線香を持ってらして、二人の間に灰皿がありましてね・・・・・・、今先生は煙草もお酒も召し上がらないので、お客様用がありまして、奥様が、「ここは仕事場だからいいお香がなくてごめんなさい」って言ってお線香を立てて下さった。今先生が「これはお線香でも伽羅でいちばん上等だよ」って。お香を焚くということは、そこを清めるということになるんですって。「だから、こんなに乱雑な仕事場だけど、お線香をたてて清まったから、さあ、なんでもお言い」って。

  へーッ。真似したい。



恥ずかしい話しですが、お香を焚くということが、こんなに大切な儀式の意味を含んでいたとは。この年になるまで、知りませんでした。お線香は、仏になった方の前で拝む時に、くゆらして、気持ちを鎮めるくらいにしか認識していなかったのですが、そうか、お香を焚くということが、その場を清める。お塩を盛ったり、撒いたりすることと同等なんですね。ましてや、伽羅の香りが漂う部屋で、僧侶であり、小説家の重鎮でもあられる師と対面する名場面で、このお香の存在意味は、計り知れないなと、感じ入りました。あの何でもよく知っている永六輔さんですら、関心して真似したいと言わしめたのですから、今東光さんは、ほんまに見上げた御仁です。このお香を炊くという所作が、意味する事を今後の暮らしに、私もぜひ取り入れたいと想います。これぞ、アロマ(芳香)のある暮らしの極意じゃないでしょうか?

この「人生万歳」にご興味ある方は、著書についてご覧くださいね。

人生万歳

永 六輔 / 岩波書店









[PR]
by aroma-createur | 2011-02-16 02:30 | エッセイ