“幽霊子育飴”との遭遇。


c0203121_1712930.jpg先月、小雨降る古都で、かねてから訪ねたかった「六波羅蜜寺」http://www.rokuhara.or.jp/にある“空也上仁立像”を観にでかけた帰り道、辻道で、ふと【幽霊子育飴】という奇妙な看板が目に入った。夜店の芝居小屋でもあるまいし、幽霊が飴を売ってるわけでもないだろうと、小さなガラス戸の店先に貼ってある落語家・桂米朝さんの貼り紙に引き寄せられた私は、店番の女主に手招きされるがままに、店内に入った。
c0203121_1722159.jpgほんにちっぽけな店構えだが、各業界に紹介されたとおぼしき新聞記事や雑誌が、まことしやかに店内に並んでいる。ちょっとしたミニ資料館だ。買う気もなかったのだが、「味見をどうぞ!」と唆されて、つい手に取り、黄金色の飴の欠片を一口舐めた。懐かしい鼈甲飴の味がした。訊いてもないのに、店番の女主が、つらつらと、この飴の由来や、米朝さんの落語噺や、「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるさんのことまで喋ってくれる。なんだか、(飛んで火にる夏の虫)になったみたいだぞ(笑)と自分でも内心おかしくなったが、冥途の土産に、この飴をひとつ買うことにした。










黄色い紙に書かれていた「由来」は、こうである。

           由    来

今は昔、慶長四年京都の江村氏妻を葬りし後、数日を経て土中に
幼児の泣く声あるをもって掘り返し見れば亡くなりし妻の産みたる
児にてありき、然るに其の当時夜な夜な飴を買いにくる婦人ありて
幼児掘り出されたる後は、来たらざるなりと。此の児八才にて僧とな
り修業怠らず、成長の後遂に、高名な僧になる。寛文六年三月十五日
六十八歳にて遷化し給う。
されば此の家に販ける飴を誰いうとなく幽霊子育て飴と唱え盛
んに売り弘め、果ては薬飴とまでいわるゝに至る。洵に教育の上に、
衛生の上に此の家の飴ほど良き料は外になしと今に及んで京の名物
の名高き品となれりと云う。                             
                                    らんすい
                          みなとや幽霊子育飴本舗




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一方、人間国宝・桂米朝の「幽霊飴」の小噺も面白いので、
さわりをご紹介しておくと・・・(米朝ばなし上方落語地図:講談社文庫刊)

六道珍皇寺の門前に一軒の飴屋があり、毎夜六日間続けて表の戸を叩き、一文銭を出して飴を買っていく、この世の者とは思えない青白い女がいた。七日目の晩も、やはり女は飴を買いにやってきた。「実は今日はおアシがございませんが、アメをひとつ・・・」「よろしい」と、主人は銭なしで飴を与えて、そっと女の後をつけた。飴屋の主人は、文無しでやってくることを予測していたのである。「あれは、ただもんではない。明日銭持ってきたら人間やけど持ってこなんだら、人間やないで」「なんでですねん」「人間、死ぬときには、六道銭というて三途の川の渡し銭として、銭を六文、棺桶に入れるんや。それを持ってきたんやないかと思う」と。
二年坂、三年坂を越えて高台寺の墓地へ入っていくと、一つの塔婆の前でかき消すように女の姿が消えた。
そこはお腹に子を宿したまま死んだ女の墓。中で子が生まれ、母親の一念で、飴で子を育てていたのである。その子は飴屋の主人が引き取り、後に高台寺の坊さんになったと言う。

この噺のオチは、もうお分かりですね・・・コオダイジ→子を大事=高台寺 チャンチャン!




京から帰宅後、この飴を夜な夜な舐めて、仕事をするのも乙だな(笑)と想いつつも、子を大事!が妙にひっかり、娘や息子の幼い時の顔が浮かんだ。そうこうしていたら、娘が出た横国大にいた一柳教授の顔がちらついてきた。ん?何故に?嗚呼、そうだ!心霊の事に関して、一柳教授が、その道の達人で、以前は霊が出るという関西のテレビ番組にまで、横浜からゲスト出演した御仁であった。それに、教授の部屋にあるガラス戸ケースには、水木しげる氏の「ゲゲゲの鬼太郎」人形が並んでいたし・・・な。これは、私が舐めずに、東京に住む娘に贈ることにした。娘は、6年前に大学に入学した当初、「心療」の勉強をしようと思い、最初に入ったのがこの一柳教授の「心霊」の教室であった。完全なる勘違い!思い込み!早とちり!の始まりが、娘の運命を決めてくれた。これも、今から思えば、六道の辻に迷い込んだ、黄泉の国と、この世との境目であったのだろう。結果、オーライで、娘の大学時代は、4年2年の院生時代まで、この一柳教授のお世話になり、現在の学校の教諭の職までにつながっているのだから、人生は面白い。

※この一柳教授のことは、このサイトが面白いので夢ナビwebをご紹介しておきます。http://goo.gl/tr9hZ


余談が、横道にそれたが、その時から、私も、つい、「霊」とつく文字が、妙に気になっている。今回の京都でも、やはりそうであった。特に、この「みなとや幽霊子育飴本舗」がある六道の辻は、あの世とこの世の境目らしいのも、なぜか頷ける。




もう一つ、この飴にまつわる話題で欠かせないのが、「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる逸話。

毎日、飴を買いに来る女性がいて、その後をつけていったら、そこが墓場で、そこで泣いていた赤ん坊が鬼太郎であったという・・・。これが、話の最初の説といわれているらしく、水木しげる氏の知人が、この幽霊子育飴を話しのネタに土産に買って、水木先生に差し上げた。水木氏はこの懐かしい飴の味がたいそう気に入り、その後、大量に取り寄せたとか、店頭に置いてた雑誌切抜き記事で立ち読みした内容ですが(笑)・・・嘘か実か、店頭で確かめてみてください。

※この件にまつわる話も、京都精華大学の堤教授の解説をご紹介。http://goo.gl/gR3IF






そんな経緯で、めでたくも、この幽霊子育飴は、先々週、東京に住む我が娘の口に入る運命と相成りました。夜な夜な夜泣きもなく、きっと、娘は、この飴を舐めて、人生の示唆も味わってくれていることでしょう。

因みに、この飴は、なんでできているのか、調べたら、こんな材料でした。麦芽水飴と砂糖のみ。 それを固めてかち割っただけ。なんとも素朴ですが、舐めたら、琥珀色が、口の中に染み渡る懐かしさが、癖になる味。しかし、赤子が、こんな固い飴を舐めるのかな?と、店主に訊いた客がいたそうで、ルーツは、水あめという諸説もあるとか。う~む、なんとなく、納得。
このaromaのブログに綴ったことは、この飴の味の匂いや時代考証を語りたかった訳でして、みなさんは、想像で味わってくださいね。極めつけは、もう、ここに行って買うしかないですが・・・値段は安価ですが、話のネタは効果テキメン!



さて、私は、何をしに古都を訪ねたのかと、話を戻すと・・・
空也上人立像を拝みに行った訳でした。


c0203121_17175771.jpgこの木像は、空也上人の口から出ている六体のミニ木像は、空也上人が一心に唱える”南無阿弥陀仏”の念仏が、六体の阿弥陀さまのお姿となって現れた、という伝承に基づき、”言霊”を写実的に表現したものだとか。う~む、やはり、この六道の辻界隈は、霊魂が生き生きしているようであり、ちょっとあちらに足を踏み入れそうになったのかなと・・・さもありなん。
http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/23546851.html

因みに、今日は、お説教の巧さで名高い僧侶・高田好胤さんの命日(6月22日)にあたるそうです。嗚呼、お導きに・・・合掌。
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by aroma-createur | 2011-06-22 17:40 | プレゼント