グロキニシアの花のイメージでお願いします。


c0203121_1645629.jpg今年、新年早々、北品川で上演した娘のひとり芝居『売り言葉』は、純愛詩集【智恵子抄】がモチーフになり、野田秀樹脚本の戯曲でした。その芝居に着付け担当の黒子で関わった私は、娘の晴れ舞台に、親心として、両親から娘へと、祝いの盛り花を贈りました。それは、以前にも、娘が昨年初めて社会人演劇として上演した二人芝居http://mycreateur.exblog.jp/16342084/の時もそうであったように、新年年明け早々に間に合うようにと、贔屓筋のお花屋さんhttp://www.geocities.jp/fskamuri/index.htmlの店主M氏へ注文を暮れの内にしておきました。

でも、いざ、どんな花にしようかと考えた時に、この花しか智恵子抄では思い浮かばなく、「冬の時期にこの花は咲かないのはわかっているのですが、どうか、この花のイメージで…斬新なアレンジを。」と強くお願いをしたのです。その花の名前は、グロキシニア。
http://www.yonemura.co.jp/zukan/zukan-f/naiyou/gloxinia1.htm


c0203121_17194225.jpgそうです。このグロキニシアは、明治45年、若き日の長沼智恵子が、高村光太郎のアトリエが完成すると、その年六月、落成祝いとしてグロキシニアの鉢植えを持って、一人で光太郎を訪ねたという印象的な花です。しかも、この花の名前は、後々、光太郎の詩のフレーズに何度か登場します。それほどまでに、この花は、光太郎にとっては、智恵子そのもの。そして、智恵子がやがて切り絵で表現する花にもこのグロキニシアは控えめながらも強く自己主張をしています。







お花屋さんのオーナーは、少し困った顔をされましたが、私が芝居のチラシを持参し、大正浪漫のような智恵子さんの心をイメージできて…と説明しつつ (でも和テイストでありながらも、芸術家として生きた新しい女性像のようなものをと心で呟きながらも…) キッパリ、洋風ではなく、かといって、和風でもなくと、謎解きのようなオーダーをしていました。
すると、「わかりました。和モダンですね!」と、いう言葉が返って来たので、「そうです!それで、お願いします!」と、心躍る気持ちで、そのアレンジ盛り花を注文しました。

それが、このアレンジフラワーの祝い華です。
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なんて豪華で、なんて繊細で、なんて智恵子さんの心が映えるアレンジなのでしょうか!本番当日の朝、会場に届いたこの花をみて、感嘆の声をあげたかったのは、娘よりも私だったかもしれません(笑)。ちょうど、本番直前の最終リハの時間に、この花は届きました。娘は、一目観るなり、満面の笑みを浮かべてくれました。本番前で一番緊張している時ですから、私も、それ以上この花の説明はせずに、おめでとう!とだけ伝えました。本番当日、昼の部でも、夜の部でも、お客様をお招きする受付の机に、置かれたこの花は、静かに花語らずの精神で、気高く咲き誇っていました。


後から、花屋さんに教えてもらったのですが、このアレンジ盛り花の花材の説明をしておきます。



c0203121_16284429.jpg<使用した花の解説>
★赤いラン…「ディサ」という南アフリカ原産のラン科の植物で、胡蝶蘭などの着生ランとは少し違う乾燥を嫌う種類の花です。
★大輪の濃いピンクのバラ…「MPカップ」という品種のばら。
★小輪の菊 「ワインスター」という品種のスプレー菊。
★茶色のくねくねした枝…「雲竜柳」
★みどりの実のようなつぼみのついた枝…「青もじ」
★ワインレッドの細い棒 ドライフラワー素材「パンリード」ロゼワインです。
※器はとくに商品名がついてないため、舟形黒バスケットと言ってます。



c0203121_16384119.jpg本当に、イメージ通り、いえ、それ以上のアレンジを演出して頂いたように感じました。娘の舞台衣装で、一番華やかな娘時代の恋する時期、この花の花器のように、ピンクの繻子の帯の絵柄は、船出を祝うかのような帆を張った豪華な黒船でした。でも、なにも、この帯のことは、花屋さんには伝えてなかったのに、驚きです。船が黒船であったこと、花器の籠が舟形黒バスケットだったこと。共通点が偶然とはいえ、合致した喜びは至福の瞬間でした。
しかも、上演した北品川は、かつて東海道の宿場で、いろんな文化や運航の湊でもありました。船は、その象徴でもあるからです。愛する光太郎と出逢い、新しい女の生き方として、人生の船出をした智恵子さんの一生を描いたこの芝居には、うってつけの祝い華になったといえるでしょう。



最初私は、智恵子さんのイメージをグロキニシアの花でと表現しました。それに纏わる詩を光太郎は書いています。後年「人に」と改題されて、短く編集され『智恵子抄』に収録される、初稿の詩「N―女史に」という詩は、圧巻です。

   N―女史に 

  いやなんです
  あなたの往つてしまふのが

  あなたがお嫁にゆくなんて
  花よりさきに実のなるやうな
  種よりさきに芽の出るやうな
  夏から春のすぐ来るやうな 
  そんな、そんな理屈に合わない不自然を
  どうかしないで居てください

  私の芸術を見て下すつた方
  芸術の悩みを味つた方
  それ故、人間の奥底の見える方
  そのあなたが、そのあなたが
  ―ああ、土用にも雪が降りますね―
  お嫁にもうぢき行く相な

  型のやうな旦那さまと
  まるい字を書くそのあなたと
  かう考へてさへ
  なぜか私は泣かされます
  小鳥のやうに臆病で
  大風のやうにわがままな
  あなたがお嫁にゆくなんて

  いやなんです
  あなたの往つてしまふのが―

  なぜさう容易(たやす)く
  さあ何と言ひませう―まあ言はば
  その身を売る気になれるんでせう
  さうです、さうです
  あなたはその身を売るんです
  一人の世界から
  万人の世界へ
  そして、男に負けて子を孕んで
  あの醜い猿の児を生んで
  乳をのませて
  おしめを干して
  ああ、何といふ醜悪事でせう
  あなたがお嫁にゆくなんて
  まるで、さう
  チシアンの画いた画が
  鶴巻町へ買喰ひに出るのです
  いや、いや、いや
  いやなんです
  あなたの往つてしまふのが―
  私は淋しい、かなしい
  何といふ気はないけれど
  恰度あなたの下すつた
  あのグロキシニアの
  大きな花の腐つてゆくのを見るやうな
  私を棄てて腐つて行くのを見るやうな
  空を旅してゆく鳥の
  ゆくゑをじつと見てゐる様な
  浪の砕けるあの悲しい自棄のこころ
  はかない、淋しい、焼けつく様な
  それでも恋とはちがいます
  ―そんな怖いものぢやない―
  サンタマリア!
  あの恐ろしい悪魔から私をお護り下さい
  ちがひます、ちがひます
  何がどうとは素より知らねど
  いや、いや、いや
  いやなんです
  あなたの往つてしまふのが―
  おまけに
  お嫁にゆくなんて
  人の男の心のままになるなんて
  
  外にはしんしんと雨がふる
  男には女の肌を欲しがらせ
  女には男こひしくならせるやうな
  あの雨が―あをく、くらく
  私を困らせる雨が―


                 明治45年7月 高村光太郎 作






犬吠埼に光太郎を訪ねた時、智恵子が放った言葉を、津田青楓が日記に残した文章を引用します。これぞ、智恵子さんだわと、じわじわと心の奥底から、私は、彼女のエナジーを感じるのです。

「世の中の習慣なんて、どうせ人間のこさへたものでせう。
それにしばられて一生涯自分の心を偽つて暮らすのはつまらないことですわ。
わたしの一生はわたしがきめればいいんですもの、たつた一度きりしかない生涯ですもの」


                             『新潮日本文学アルバム・高村光太郎』より抜粋。


智恵子さん亡き後、光太郎は、下記のような詩を作品に残します。この詩を読むたびに、智恵子さんの香りを感じることができるようで、たまらなく、泣けてきます。ここにも、ほら、“グロキニシア”の花が咲いてます。黙って、今は亡き人の残り香のように…。

           亡き人に 

雀はあなたのやうに夜明けにおきて窓を叩く
枕頭のグロキシニアはあなたのやうに黙つて咲く
朝風は人のやうに私の五体をめざまし
あなたの香りは午前五時の寝部屋に涼しい

私は白いシイツをはねて腕をのばし
夏の朝日にあなたのほほゑみを迎へる

今日が何であるかをあなたはささやく
権威あるもののやうにあなたは立つ

私はあなたの子供となり
あなたは私のうら若い母となる

あなたはまだゐる其処にゐる
あなたは万物となつて私に満ちる

私はあなたの愛に値しないと思ふけれど
あなたの愛は一切を無視して私をつつむ


                 高村光太郎 作  智恵子抄より

















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by aroma-createur | 2012-02-10 17:27 | プレゼント